2009-05-18

内と外(3)

建仁寺と東福寺で勅使門、恩賜門というのを見た。庭園にある壁は内側からは無いものと思って外部世界へ開かれており、外部から来る使者には(方丈という接待場所である)内部への接待の入り口となるそうな。またしても内部と外部という境界の話だ。
お坊さんの説明がはっきりとこういった説明だったか記憶していないが、この説明を聞いていて関係が無いはずのひとつのことに捉われてしまいあとの話をうわの空で聞き逃した。

さっそく家に帰って確認したこと。マルティン・ハイデガー「芸術作品の根源」に次の言葉がある。
開けの空け開けることと、開けたところの内へと整えいれることとは、共に属しあう。それらは真理の生起の同じ一つの本質である。真理の生起はさまざまな仕方で歴史的である。(99ページ)
また、補遺では次のように言っている。(139ページ~)
真理を「確立すること」は、それを「生起させること」とけっして背反するものではない。というのは第一に、この「させる」は、いかなる受動性でもなく、むしろテシスの意味での最高の行為[Tun]であり、「実存する人間が自己を存在の不伏蔵性の内に脱自的に放ちいれること」として特徴づけられた、「働き」と「意欲」だからである。第二に、真理を生起させるの「生起」は、空け開けと伏蔵として、いっそう厳密には両者の一体化として支配する運動であり、あらゆる自己空け開けがもう一度そこから由来するところの自己伏蔵そのものの空け開けの運動なのである。この「運動」は、それどころか、こちらへと-取り-出すこと[生み出すこと]という意味での確-立さえ要求する。この[取り-]出すことは、創作する(汲み取る)という仕方での<こちらへと-取り-出すこと>であり、「むしろ、不伏蔵性への連関の内部では受領することであり引き出すこと(なのである)」。
これらのことで、立て-集め[Ge-Stell]の意味も規定される。現代技術の本質を言い表す主導語として用いられた語、「立て-集め」[Ge-Stell]は、ギリシャ的に経験された<前に横たわらせること>、すなわちロゴス[λογοζ]に由来するのであり、ギリシャ的なポイエーシス[ποιησιζ]とテシスとに由来するのである。・・・と。

2009-04-29

現実の表現と社会の反応

スチーブン・ピンカー「思考する言語」を読んで、その中で指摘されている事実。「論理学や科学で用いられる概念では現実と直観がうまく折り合わないように見える」(上巻156ページ)というのは、言語研究者なら誰でもが感じていることだろう。ただ、それをどういう文脈でどのように表現するかがむつかしい。文学の出番がそこにあるといえばそうなのだろうが、なにやらみもふたもない話にもなる。
ケネス・クラーク「風景画論」で論じられるセザンヌはそれでもまさにこれを実践した巨匠だろう。クラークはこう書いている。
すべて芸術には、自然の外観の選択と支配が伴う。この選択と支配は、芸術家の気質を全部反映させるはずである。セザンヌがあの特徴的な形態を選んだとは、ただ自分の自然観をおもてに表したということである。だが彼はこれらの形態の使用にさいして、自己の意図するものに関する完全な意識を所有していたことは疑いない。(中略)自然主義が幅をきかせた時代にありながら、絵画とは自然に匹敵する秩序ある調和なりと断ずるほどの透徹を所有していたのである。(310ページ)
ピンカーが論ずるように人は、ある概念が世界に存在する実体を指すこともあれば、そうでないこともあるという直観や、世界についての信念が真実であることもあれば、単にそう信じているだけのものでもあるという直観をもつ。人はこうした直観の力を借りてアナロジーが世界の因果構造に忠実であるかどうかを見きわめ、不適切な部分を取り除いて説明として役立つ部分だけを残そうとする。
もちろん、私たちがメタファーと組合せという二つの力をもっているとしても、真実だけを生み出す能力を備えている者は誰一人いない。一人の人間の心だけでは経験にも創意工夫にも限界があるし、たとえ多数で構成された集団であっても、そこで生み出されたものを集積したり選別したりすることは、集団内の人間関係をそのために再調整しないかぎり、ありえない。日常生活上の考えの不一致は、「体面(フェイス)」を重んじる私たちの意識を脅かす可能性があり、だからこそ人は他人と礼儀正しく会話しようとするときには、天気の話や役所の無能ぶり、機内食や寮の食事のまずさなど、合理的な人間であれば誰もが同意するような話題に終始する。もっとも科学や経済、政治、ジャーナリズムなど、知識を客観的に評価することを本分とする領域においては、こうした堅苦しい礼儀正しさに代わる方法を探らなければならない。(下巻219ページ)
堂目卓生「アダム・スミス」で紹介される社会は、こうした人のもつ傾向について社会がどういう圧力をもたらしているかを「道徳感情論」に即して述べている。
世間は、意図したにもかかわらず意図したとおりの結果を生まなかった行為に対して、基本原則が示すよりも弱い賞賛または非難しか与えない傾向をもち、意図しないにもかかわらず偶発的に有益な、または有害な結果をもたらした行為に対して、基本原則が示すよりも強い賞賛または非難を与える傾向をもつ。(47ページ)
アダム・スミスの考えていた社会はおそらくここに理解すべき背景の核心があると思われるが、堂目卓生は次のように説明している。
世間の評価は偶然によって影響を受けるため、胸中の公平な観察者の評価とは異なるときがある。私たちの中の「賢明さ」は、胸中の公平な観察者の賞賛を求め、非難を避けようとする。しかしながら、私たちの中の「弱さ」は、胸中の観察者の評価よりも世間の評価を重視し、また、自己欺瞞によって、胸中の公平な観察者の非難を無視しようとする。そこで、私たちの中の「賢明さ」は、胸中の公平な観察者の非難を避け賞賛を求めるように行動することを一般的諸規則として設定する。こうして、私たちは、一般的諸規則に従う義務の感覚を養う。私たちは、一般的諸規則のうち、正義に関しては、それを法という厳密な形にする。法と義務の感覚によって、社会秩序が形成され、維持される。しかしながら、私たちの中の「弱さ」は、私たちの義務の感覚を弱め、私たちに法を犯させることもある。したがって、現実の社会において、秩序は完全なものにはならない。(102ページ)

2009-03-10

文化ということ

木村敏の「自己・あいだ・時間」を読んでいて分裂病(今日の呼称では統合失調症)などの精神疾患を理解するためには西洋的二元論では限界があるとの記述がある。
すなわち、精神疾患を個体内部の病変とみなさず、個人と世界との関わりの病態とみなしさえすれば、文化と精神病理の間の二元論は不必要になる。そして文化の場と精神病理の場とは端的にひとつに重なり合って、両者の間には相互外在的な規定、被規定の関係ではなくて、直接無媒介的な共根源性が成立するというわけだ。
木村敏によればこれを裏付ける話として日本人の「自然」に対する理解がある。以下そのくだり。(441ページ)
「自然」における「自」の文字に「おのずから」の意味を託した古代の日本人は、同じ「自」の文字に「みずから」の意味をも託した。しかも「自」の文字は、語源的には元来、「起始、発生」を意味する。「おのずから」と「みずから」という一見相反する二つの意味が、ともに「発生」を意味する一個の文字によって表現されえたということは、古来の日本人の自然観を見ていく上で重要なことである。やや図式的にいえば、古来の日本人は自然と自己とをその共通の根源である「発生」の相において共属的に捉えていたということなのである。日本人にとっては、自己と対峙するものとしての自然は存在しえなかった。そのかわり、実生活のあらゆる局面で身の回りにふと湧き出る情感を直接肌身で感じ取った上で、これを自分のほうへ引き寄せて「自己(みずから)」といい、これをものの世界のほうへ仮託して「自然(おのずから)」といっていたのである。自己はそのまま自然に映し出され、自然は自己を染めつくしているといってもよいだろう。
木村敏によれば、西洋と日本における自己と世界との関わり方の基本的構造の違いは、そのままそれぞれの土地に住む種的主体がみずからを取り巻く自然との交渉を通じて、自己の存在を確保していくための形成行為としての「文化」の構造的差異にも、反映しているものと考える必要がある。

これらの記述を読んで想起するのは西洋でも非西洋的な考え方をしていたゲーテの生理的色彩に関する記述だ。ゲーテは生理的色彩が主観に、すなわち眼にまったくあるいは大部分属しているという理解をしていた。
ゲーテ「色彩論」日本語訳注を書いた木村直司によれば、ゲーテにおいて人間と世界、主観と客観は密接な相関関係にあり、主観の中にあるものはすべて客観の中にあり、客観の中にあるものはすべて主観の中にあって、しかも両者は完全に同一ではない。ゲーテが色彩現象の観察にさいして生理的色彩にまず注目するのは、視覚というものが客観的な自然のたんなる反映ではなく、色彩の知覚には眼が活動的に関与していることを強調するためである。(本文第6節、第38節)これによって現象は主観と客観の関係として成立する。(447ページ)

木村敏も西田幾多郎の次の言葉を引用している。(272ページ)
私が汝を知り汝が私を知るとは何を意味するか。私は直観ということを自己が自己を知ることから考えた。そして自己が自己を知るということは自己において絶対の他を認めることであると言った。併しかかる関係は直ちに之を逆に見ることができる。自己が自己の中に絶対の他を認めることによって無媒介的に他に移り行くと考える代わりに、かかる過程は絶対の他の中に私を見、他が他自身を限定することが私が私自身を限定することであると考えることである。私が内的に私に入って来るという意味を有っていなければならない。

そして、木村敏が「和辻哲郎」を引いて強調しているように(上記のゲーテも同じことが言えるだろうが)次の点が重要だ。
和辻の風土論に対しては、実証的・科学的な文化人類学者の間から多くの批判が提出されている。たしかに客観的事実に関する限り、和辻の知識はまだきわめて制約されていたし、現在から見ると不正確な点も多いだろう。しかし、和辻のめざしていた風土理解はそのような客観的・実証的な形のものではなかった。和辻風土学の底を一貫して流れているのは、主観性(ノエシス)としての、あるいはむしろ「間主観性(ノエシス)」としての人間存在の自己理解の場所としての、主観(ノエシス)的風土の解釈学であったのである。比較文化精神医学が、自然科学的精神医学とは異なった本質理解の上に立つ人間学的・現象学的な精神病理学に何らかの寄与をなしうるとするならば、その文化理解が依拠する自然論・風土論も、自然科学的文化人類学とは異なった基盤の上に立つものでなくてはならないだろう。(443ページ)

2008-11-25

内と外(再)

今日、通勤で地下鉄に乗るときに人身事故で振り替え輸送をしていた。振り替え輸送の手順は知らないが、おそらく推測するに並行して走っている他社路線の定期券を目視で確認し、下車駅で出場することができる証明書を手渡して入場させる。一方下車駅では証明書を確認して出場させるという手順だろう。
これらは、駅構内を内側とすれば外から内への入場のルールと外へ出る出場のルールがあれば管理できる。簡単な理屈のように思える。しかし、それだけなんだろうかと電車の中で悩んでいた。
中世の寺院が治外法権の場で無縁所を構成し、政治亡命者や経済難民の両方を生み出していたという伊藤正敏「寺社勢力の中世」は非常に説得力のある書物だが、これは寺院が中というより外というべきだろう。
同様にインターネットはNETが外でNET以外は中ということなんだろうか。

2008-10-21

プロトンの濃度勾配

プロトン濃度の勾配という高エネルギー状態こそが酸化的リン酸化におけるATP合成の鍵であるという化学浸透説を唱えたイギリスのミッチェルがノーベル賞を受賞したのは呼吸という基本的生命の営みを解明した功績によるものだそうだ。(光合成とはなにか「園池公毅」96ページ)電子の伝達自体がATPを生み出すわけではなく、電子伝達によって生じたエネルギーは、いったん膜を隔てたプロトンの濃度の落差という「状態」に変化し、ATP合成酵素はこの状態が持つエネルギーを使ってATPを合成する。これらはプロトン濃度勾配があればATPを合成するが、逆にATPがあってプロトン濃度勾配がない場合、ATPを分解してプロトンを輸送するという離れ業を行なう。ATP合成酵素はATPのエネルギーを利用するプロトンポンプとしても働くのだ。電子伝達系におけるたんぱく質の構造の微妙なところは、その電子伝達する位置が互いにすぐ近傍にあり、物理的にそういった反応が必然的に起こるという状況に置かれているところにある。これらのことを解明した学者の根気には頭の下がる思いがする。

2008-08-15

アンリ・ベルクソン

先日、久しぶりに会った友人との会話の中でいきなりアンリ・ベルクソンの名前が出てきた。長い間読んでいなかった名前がなつかしくて、昨年出版された「物質と記憶」をちくま学芸文庫新訳ではじめて読んだ。
きっかけは外的要因だったが、読みはじめて引き込まれおもしろくてあっという間に読みきってしまった。
100年以上前に書かれた書物とはとても思えない現代最先端の話題が随所にみられ、彼の問題提起がすばらしい分析とともに書かれていて訳者合田正人のあとがきにもあるとおりますます研究の対象としてクローズアップされてくるだろうという気がした。少なくともこの5年間に読んだ書物の中では最高におもしろかった。

2008-08-01

相互浸透

相互浸透という言葉は現在のKeywordとなっている気がする。
先に新田義弘のテクストに関するエントリーを書いているが、同じような記述を最近読んだ司馬遼太郎の街道をゆくシリーズ「近江散歩、奈良散歩」の中で見つけておもしろかった。
司馬さんの友人の東大寺僧正でもあった上司さんが読んだ鈴木大拙の「華厳の研究」に関する説明で、「相即相入」という華厳独自の述語については「インターペニトレーション=「相互浸透」「相互貫通」という一語であらわされているそうだ。
相互浸透という言葉はニクラスルーマン社会学の表現の訳語にも登場するが、バイオテクノロジーの核心部分でも重要な研究対象となっている。イオン化した物質の電子の交換がさまざまな反応をひきおこす点は華厳という時間を超えた思想と呼応するところがあっておもしろい。
ついでにインターネットで検索してみると「会計、監査、社会の相互浸透」というように広く哲学用語という感覚で使われているものがあり、古くはエンゲルスが対立物の相互浸透という概念を述べているようだ。

2008-02-10

平均律

平均律という言葉はたしか中学校で既に学んでいたはずだ。そして、それ以降音楽の記述を見る時などに再々眼にしている。「はかる科学」という書物で橋本毅彦と藤井知昭が書いている平均律のことはこの年にしてはじめて眼からうろこが落ちたと思った。
そして、私が学んだ音楽や音の体系は西洋音楽だということを思い知った。そして、日本古来の音楽や世界の楽曲を聞いていたにもかかわらず、ここに記載されていることにいままで全く気がつかなかった。
現在の12音階がオランダの技術者であり、力学の研究者であるシモン・ステヴィンという人物によって提唱されたものであって、人為的な音階であるということも知らなかった。
私は、一方で物理学の授業では美しい和音の背景には振動数の単純な比があるということも学んでおり、これらのことを同じこととして理解していたのだ。しかし、事実は違った。12音階は単純な比ではなかったのだ。
最近数年の沖縄の音楽がもたらすインパクトはなんだろうと疑問に思っていたところだ。おそらく、平均律という人為的な音階の持つ限界がどこかで破裂するのではないかという気がしてきた。

2007-09-04

行動の選択

計見一雄が引用するリベの主張で「非選択が自由意志を支えるものだ」という論文があるそうだと「ノーテンキ」というエントリーに書いたが、このほど読了した酒井邦嘉著「言語の脳科学」において、同じようなことが書かれているくだりに出会った。(同書210ページ)
人間の言語野では、入力制限のためか、それとも言語野固有の原因により、大脳皮質一般の機能が制限されて言語しか処理できないように特殊化していると考えてみよう。機能の一部が制限された方が進化的に高等だというのは、一見無理があるように思えるかもしれないが、実は理にかなっている。それは抑制性の機能を持つ遺伝子(他の遺伝子の発現を制御する遺伝子のひとつ)が新しくつけ加わったためだと考えられるからである。突然変異によって、もともとチューリング・マシン並みの能力を持っていた大脳皮質の機能の一部が抑制されたとする。その結果が文脈依存文法の能力だとすれば、自然言語に最適な計算ができるようになったことが理解できる。
したがって、これら二つの記述から想定できるのは「ノーテンキ」でも書いたように、人間の能力の限界は観察されるよりはるかに大きくて、ただ、目前の局面にふさわしいたったひとつの行動を選択するということのために、考えられるあらゆる可能性が背後でシミュレーションされているということなのだろう。
行動を抑制する遺伝子の存在が多様性の発現の基にあるというこれらの研究は非常に説得力がある。

2007-08-03

内と外

内と外を区別することが生命にとって重要なことであり、かつ医療にとっても解明するべきポイントとなりつつあることが「新しい薬をどう創るか」(ブルーバックス)で述べられている。
生体膜は単なる脂質の膜ではなく、液状の物質を仕切るとともに、特定の物質を透過させたり、外界の情報を感知するなど特殊な機能をもっているそうだ。膜たんぱく質の立体構造分析に対しては最近の20年間に3度ものノーベル賞(光合成、ATP合成酵素、イオンチャネル)が与えられたことから、研究の重要性と難易度の高さが覗える。
そして、ヒトゲノム情報のなかでもGタンパク質共役型受容体(GPCR)は細胞膜を7回貫通する特徴的な分子構造を持った、薬物治療標的としては最も重要なものということだ。ヒトゲノムには約700~800のGPCR遺伝子が存在すると考えられているが、現在までにその中で約150のGPCRでのみ受容体を活性化する物質(リガンド)との対応が見つかっているだけという状態だそうだ。残りのGPCRはリガンド、生理的機能が不明な受容体(オーファン受容体)で、新規の創薬標的となる可能性が高いことから、重要な研究分野となっている。
しかし、膜輸送は生体膜を研究対象としているだけに、現在利用できる測定ツールは放射性元素、光学プローブ、電流測定の3つだけである。これがスクリーニングするうえで非常に手間がかかり、研究スピードの上がらないひとつの原因でもあるそうだ。
ところで、この7回貫通するという表現を見た瞬間、あの有名な「ケーニヒスベルグの7つの橋問題」をなぜか思い出した。何の根拠もなく、内と外を確実に貫通する通路としてGPCRは神秘的な7という数を持っており、一筆書きのように一気に情報の伝達をおこなうというイメージを持った。

2007-07-14

メタファーが言うこと

メタファーが字義的意味とともにもうひとつのメタフォリカルな意味をもつという見解は、デヴィッドソンによると誤りだそうだ。
冨田恭彦「アメリカ言語哲学入門」に紹介されたデヴィッドソンの主張は、メタファーを通常のコミュニケーションの一形態とさえ見ることを拒否している。
デヴィッドソンによれば、メタファーはその字義的意味以上のことは何も言わない。言葉が意味するものと言葉の使用によってなされるものの区別がよりどころとなる。メタファーはもっぱら使用の領域で言葉や文の想像力豊かな使用によって成就され、それらの言葉の通常の意味に完全に依存しているというのだ。
これは、いわば常識を逆転した刺激的な発想だ。これを理解する人間の不思議さが際立ってくるからなおさらだ。

レーモンルーセル

レーモンルーセルという作家の「アフリカの印象」という作品を読んだが、異様な作品だ。
会話がまったくない、生命に対する生の感覚がない、音はあるが、流れる音がない。すべてが絵画的で、読む者に緊張を強いる書物だ。想像力の欠如のような場面でありながら不思議と生々しい。夢に出てくるような場面かというと現実的なところがないので私にとっては夢に出てきそうもない。もっとも夢自体私はほとんど見ないのだが。
これはある意味で実験的ではあるが、小説の形式にはなじまないものではないだろうか。評者の言っているように「神話の創出」というようなものではないだろう。とにかく刺激的でひっかかるところの多い小説だ。

2007-06-19

合理性に関する主張

アリス・W・フラハティの「書きたがる脳」は刺激的で痛々しい書物だ。
彼女の納得している合理性に関する記述。
「以前の私には合理性が欠けていた」ということをこう表現している。
いまのわたしには美的、科学的なインスピレーションと宗教的啓示、さらには精神病の状態には何が共通しているか、以前よりもよくわかる。発作が起こる前には、これらはすべてきちんと区切られて別々に存在していた。わたしはどうやってこの知識を得たのか?本書に記した研究によって---だが同時にわたしの身体が、心が、中脳がそれを知っていたから---わかったのであり、それは以前よりもわたしの皮質に大きな影響を与えている。もちろんこれは科学者の考え方には似つかわしくない。できるだけ以前のようなまじめな考え方をしようと努力しているが、もう自分を完璧に科学者とは感じられず、悲しみに満たされると同時にわくわくする。
インスピレーションにより、内部的でもあり、外部的でもある存在を体験するということが、人の呼吸と同期した営みとして合理的な美しさの獲得に資するというのが彼女の言いたいことのようだ。
すなわち、合理的ということは区別した体系的な知にあるのではなく、納得できる体験があってはじめて合理的な理解につながるということのようだ。
中沢新一の若いころの体験を髣髴とさせる生々しい筆致で、たしかに書きたいことは一気に訪れるのだろうということがよくわかる。

2007-06-07

教育目標

フランク・ウイルソン「手の500万年史」に子供の認識の発達をどうやって促進するかのヒントが書かれている。たいへん参考になる。以下部分的に引用する。(邦訳322ページ、330ページ)
カナダの教育家キーラン・イーガンは「教育を受けた心」のなかで、どんな教育改革戦略も、長い教育史の結果に取り組まざるを得ないと指摘する。この教育史の期間に、3つの教育目標が継承されてきた。
 若者を成人社会の現在の規範と慣例に適合させる必要があること。若者の思考を世界の現実と真実に確実に順応させる知識を教え込まなければならないこと。個々の生徒の個人的な潜在能力の発達を促進すべきであることの3つである。
 イーガンは3つの目標が等しく望ましいことに同意する。そして、教育組織に対する義務として見ると、あいにくと3つの目標はまた相互間に矛盾するという。教育組織は、現代の教育慣行を補強する「三大理念」に固有の矛盾を解決できないと主張している。
 かれはこの袋小路を包囲する方法として子供に対する教師のアプローチを修正し、認識の発達や機能の連続的な順序と階層の両方に順応することを提案する。
 イーガンはとりわけ人間の進化と文化史が、子供の認識の発達を促進する枠組みを提供すると考える。そして、教師は人間の文化が「理解の種類」という形式で蓄積したものを若者たちのために活用できるという。
 イーガンの考えでは、知的発達には「ある人間が成長する社会で使用できる知的道具の役割の理解が必要になる」それぞれの社会で発見される道具は、順を追って高くなる意味で、身体的理解、神話的理解、非現実的理解、哲学的理解、反語的理解という順序になる。これらの異なる種類の理解には、暗に人間の思考能力の進歩が意味されている。イーガンはマーリン・ドナルドの挿話的文化というモデルを、ミメシス文化、神話的文化、理論的文化に割り振りする。だからかれは、われわれが理解のより高い形式に移行するにつれ、より低い形式を捨て去ることはないと提唱する。

 

2007-05-22

語ることと示すこと

命題は記述されるべき事実の経験的内容についてなら「語る」ことができる。しかし、その形式的構造、すなわち論理形式については「示す」ことしかできない。
ウィトゲンシュタインはアスペクト知覚において、われわれは対象の色や形についてなら「語る」ことはできるけれども、他方それに内在する有機的体制については「示す」ことしかできないと指摘している。
事例として、アスペクトの転換に際し、それまでは模写ができてしまえば無用の説明と思われ、また実際そうであったものが、可能な唯一の体験表現になってしまうと述べている。
そして、野家啓一はその著書「科学の解釈学」において、R・ペンローズやR・ドーキンスを痛烈に批判している。
曰く、人間の「自由意志」を量子力学的不確定性によって説明する物理学者や、生物界に見られる利他的行動を根拠に「遺伝子の道徳性」を論ずる社会生物学者などのなかに、われわれはまさに20世紀的な「俗悪さ」の一端を嗅ぎ付けることができると。

恢復期

恢復期についてのアンリ・ボスコの覚書は幸福で健康なイマージュに満ちているようだ。
ガストン・バシュラールの「夢想の詩学」にアンリ・ボスコの「ヒヤシンス」という物語のことが書かれている。
すばらしい文章なので、少し長いがそのまま引用する。
わたしは意識を失ってはいなかった。しかしあるときは、生命の最初の供物、つまり外界からやってきた若干の感覚を摂取していたし、またあるときは内面の実体を食物としていた。それは少しずつ蓄積した稀有な実体ではあったが、新しくもたらされたものからは何も負ってはいなかった。というのは、もしわたしの本当の記憶からすべてのことが追放されたとしても、その代わり、想像的な記憶のなかですべてが途方もなく新鮮によみがえるはずだからである。忘却によって不毛になった広大な広がりの真只中で、あのすばらしく楽しい幼少時代、わたしが勝手に作りあげたのだと昔は思っていた幼少時代が、たえまなくずっと光を放っているのだった。・・・というのも、それはわたしの青春なのだった。わたしのもの、わたしの手で作りあげた青春なのだ。苦しみつつたどられた幼少時代が外側から私におしつけたあの青春ではなかった。
そして、バシュラールは出来事のない生を究めようと言っている。平穏な生、出来事のない生にくらべると、あらゆる出来事は精神的外傷となりかねない。出来事はわたしたちのアニマの、内面にあって、夢想の中でしかよく生きられない女性的存在の、自然な平和をかき乱す男性的残忍さとなりかねないのである。
これらは、恢復期が必要としている幼少時代の夢想と一体となることの重要性を正しく指摘している。

2007-04-27

ノーテンキ

計見一雄の「脳と人間」を読んでいると、私も精神科の医者が勤まるのではないかとの錯覚に陥る。精神分裂病(統合失調症)のさまざまな事例を読んでいて、どこにでもある話だという気がしてくるから不思議だ。計見が書いているように、現代という時代がこの病気に冒されつつあるのかもしれない。
ところで、彼が引用するリベの「脳は運動器官だ」という主張は、大脳皮質前頭前野での運動スキームの形成に関する論文で、行為の意志的決定は用意された行動スキームを、運動野へつなげて実行に移すか否かの選択によるとあるそうだ。そうして、その選択はスキームの<[非選択(Veto・・拒否)]>によるとある。非選択が自由意志を支えるものだという論文らしい。
すなわち、「継続する意志とは継続を止めることを選択しない意志」ということになる。努力するのではなくて、努力することを止めることを否定するという形式が意志の働きとして原型だというのである。
そして、彼が強調するようにここでなにより重要なのは「やろうと思えばできた」というところだ。つまり、ある行動計画はできており、道徳的意識か、規範意識か、実現可能性か等々いずれかの理由により選択されなかったというのだ。常に運動の中ではカウンタープランと引き比べて現実の行動の選択がなされているということを言っている。
そして、ポジティブシンキングは大流行だがカウンタープランを欠いた思考はただのノーテンキだといっている。

2007-03-27

ポリアンナ効果

先日から紹介している中沢新一に加え、梅田さんの話や、小宮山さんの例を引き合いに出すまでもなく、人は肯定的な評価を好む。これを「ポリアンナ効果」と言うそうだ。エリノア・H・ポーターの人気小説の主人公「ポリアンナ」からとられており、おとうさんに教えてもらった「よかった探し」でなんでも喜ばしいことを探す肯定的評価の代名詞だ。これを標榜する人には自らを反対の性格という人もいるが、それだけ社会的に否定的評価が好まれず否定的評価が否定的に(すなわち肯定的評価に)意識されている証でもあるのだろう。誤解を避けるために付け加えれば、ここでは、なんでも「そうだ、そうだ」という人たちのことを話題にしている。別の言い方をすれば「他人志向型」。
クリス・マクマナスの「非対称の起源」を読んでいると、左利きの人に対する過去の社会的偏見は相当強烈であったようだ。1950年から1961年までアンケートにより実施した「言語の土地台帳」という英国リーズ大学の調査では、(質問者は片方の手を見せて尋ねる)「何にでもこの手を使う人のことを〇〇と呼びます」という質問に左手と右手の間にはびっくりするほどの違いがあった。(大半が60歳以上の)聞かれた人のほとんどが、右手を使う人のことを右利きと呼ぶだけなのに、左手の場合には全部で87もの呼び方が記載されているのだ。
これらのことは、同書にも述べられているが「烙印」といういまわしい概念によって社会学的には解釈されている。そしてセンシティブな言葉による表現は、現代の社会では本人がそう感じれば、もしくはそう思えばその言葉は否定的表現となるという解釈が市民権を得ている。これがはじめに述べた否定的評価が否定的に意識されているということの背景にあるのだろうと思う。
これらは、倫理的なものというよりも、私には何というか息の詰まりそうな話である。なにか正しさというものをはきちがえているような気がしてならない。付和雷同を排し、主体的意見を尊重するといえば聞こえはよいが・・とりあえずという判断にすぎず、熱くなって噴出してくる自分の意見ではないところが寂しい。

2007-03-24

信ずるところを進むということ

梅田さんの記事と、対談した小宮山さんの卒業式告辞をみると同じことを言っている。「信ずるところを進む」ことの重要性だ。そして、梅田さんのBLOGへの反響を見てもおそらくこれは大半の人が(とくに日本人が)賛同する精神的な対峙の仕方なのだろう。
私は、この双方の話を見ていてこれは技術者の世界の話ではないか、あるいは企業でいえばメーカーの話なのではないかという気がしている。戦後の60年間、日本の科学技術研究に関する評価の体制が特に硬直化しており、地道な研究はなかなか評価されにくい土壌があった。これがこの二人の話の背後にあるのではないだろうか。大学という組織、大企業の組織の中で個人の研究や開発意欲を削ぐさまざまな障害が多数あったことと無縁ではないだろう。特に指導的な立場にある教官の権威は絶対だったのだろう。インターネットの時代になって、今世紀に入ってから、欧米の特に米国の個人主義的な自由な研究の空気が充満してきてはじめて、これまでの研究のやり方では窒息すると誰もが感じるようになったのだろう。そういう意味ではこの二人の感覚を否定するものではない。
ところで、そういった歴史の背景を勘案しても、小宮山さんの告辞にある二つ目の話、俯瞰するということのほうが私には一層重要に思える。自らの位置を確認し、定位することだ。これは素直な性格と他人の話をどれだけ理解するかという社会的センスが問われる。身近な指導教育がなければちょっとしたこともわからない。しかし、少し様子が分かってくると、どうも真理は別なところにあるのではないかという疑念が沸いてくる。これまでは情報のソースが限定的だったのでなかなか障壁を突破できなかった。書物や論文ではスピードが限られていたといえるだろう。大量の書物を読んでいても著者の言いたいことをどれだけ真剣にわかろうとしているかという努力にもよったのではないだろうか。
日本の産官学の研究現場ではおそらくこれらの情報障壁のことは誰しも直感的には問題だと従来から気がついている。しかし、日本の社会の研究や開発の構造が情報の横の連携を許さない構造であったということなのだろう。現在はインターネットの時代になって、全ての知識が全世界同時にフラットに共有されるという驚異のニューロンもどきの人類の頭脳統合が実現しているのだ。われわれはその頭脳の真っ只中にいる。アイザック・アシモフが40年以上前に「ミクロの決死圏」として描いたSF小説は今現実になっているのを誰も気がついていないのだろう。我々はまさしく神経腺維の中に生存しているのだ。すなわち、その気になればわれわれは全世界の必要な知識を相応の確実さで入手できる状況にある。

2007-03-08

偉人の旋毛曲り

寺田寅彦は偉人のつむじ曲がりということで「科学上における権威の価値と弊害」を論じているが、これを読んで先日の中沢新一の議論を思い出した。結局、科学はつむじ曲がりが輩出してそれまでの権威を否定することで一層科学らしくなっていったと言えるだろうが、中沢であればこれは単にバランス感覚を回復する正常な反応があらたなものの見方をもたらしたにすぎないと言うのではないかと思った。偉大なつむじ曲がりはそういう意味では無意識にバランスをとる天才だったともいえるだろう。